怒声や罵声がなくても「強くなれる」 日本一指導者らの共通方針とチームの練習風景
■勝ちたい気持ちは当然ある…だが、子どもにとってもっと大切なことは?
今年の夏も多くの日本一チームが誕生した。大人の怒声、罵声が問題視されている昨今の少年野球界で、それら全てを排除して頂点に立ったチームもある。全国大会で優勝するチームにはそれぞれのカラーがあるが、そのチームに共通している指導者の意識、方針はどんなものなのかを探った。その根本にはあるのは「勝ちたい」気持ちだった。ただ、気を付けないといけないのは、指導者やそれを取り巻く大人だけの思いが先行してはいけない、ということだ。
約2年半にわたって日本一を経験したことのある監督たちを取材した三島健太氏に話を聞いた。三島氏は少年野球に特化した動画配信サイト「TURNING POINT」でMC、時には理論を持った指導の“プロ”たちと実演して技術やその考え方を伝えている。一方で、中学野球チームの指導者を務めている顔を持つ。自身も大学まで野球を続け、プロのリーグ運営にも携わった経験もある。野球とともに人生を歩んできた。
野球を取り巻く環境が一変し、過去の指導や考え方が通用しない部分もでてきている。暴力や怒声を貫き、今の時代の指導法を学ぼうとしない指導者の信頼は欠落していくだろう。全国すべての監督の取材をしたわけではないが、“良いチーム”と感じたチームの指導者に共通しているのは「ぶれない信念のもと、いろんなことを変えている点」だという。
『ぶれない』『変えている』は相反する言葉のように見えるが、ここがポイントだ。滋賀・多賀少年野球クラブの辻正人監督は“勝利至上主義”には反対だが、“勝利理想主義”を掲げる。三島氏は「どの指導者さんも野球をやる以上は勝ちたい。でも、そこには子どもたちに勝つ喜びとか、勝つまでの苦労とか、そこに至るまでの経験を感じてほしいというのが根底にはあります」と分析する。
今回、三島氏は取材した中から12人の名将たちに依頼して、指導者、保護者向けの無料のオンラインイベント「日本一の指導者サミット」を開催するが、そこにゲストとして招いた指導者たちは「勝ちたいという思いは絶対にぶれてないんですけど、そこに至るまでの子どもたちの接し方、もっと大きいところで言うと、チーム方針を変えています」と各指導者とも形は違えど、共通している意識があるという。過去にあった怒声や罵声をやめるなど、大人の押し付ける指導を禁止する方針をチーム内でルール化したところもある。
■「特に驚いた」多賀少年野球クラブと中条ブルーインパルスの子どもたちの意識
代表的なのが3度も全国優勝を遂げた多賀少年野球クラブの辻監督や一昨年のマクドナルド・トーナメントの優勝チームである石川の中条ブルーインパルス・倉知幸生監督。キーワードは『子どもの主体性』だ。「12のチームを見させていただいたのですが、大人が指示をしなくても、子どもたちが主体的に動いているんです。プレー中の声がけのレベルがすごい高かったです」。
次のプレーを予測する。起こったプレーに対して、反省があった。中学生でもなかなかできないような声掛けのシーンもあった。監督が言わなくてもできている。それも大人の押し付けではなく、子どもたち自身が理解していた。小学5、6年生のゲーム形式の練習でのこと。ファウルを打った後、守備側が次の打球の方向を予測し、全員で声を掛け合っていた。1死一塁のシーンで、ヒッティングを警戒するのか、バントを警戒するのかなどの状況に応じた守備形態なども声を出して確認していた。
そのような話を聞くと「自分たちのチームでは難しい」と思う指導者たちも多いのではないだろうか。一日、二日でできる声がけではないからだ。三島氏は「小学5、6年生になったタイミングで、監督たちはサインを出さない、いわゆるノーサイン野球をやられています。ただ、4年生までの過程では、サインを出して、戦術を覚えたりする工夫があったり、基礎的な技術を身につけるための練習をきちんとやっていますね」と、年代が下のカテゴリーから少しずつ、難しくない方法で教えていく工夫も行っていた。
これはあくまで例であって、方法を踏襲する必要は全くない。部員も練習環境、指導者の数だって違う。真似できないことの方が多い。ただ、大事なことは子どもたちが楽しく、主体性を持って野球をやること。グラウンド外で「よし!準備しようよ」というような声がはじまりなのかもしれない。子どもたちがグラウンドで大人に指示されることなく、みんなで声を掛け合っている風景が、12のどのチームにもあったということだ。
「監督自身はそれがいい循環になっていて、だから大人がそこまで細かく教えなくても、子どもたちだけで野球のレベルが上がっていく、という話が多かったです。怒声や罵声がなくても日本一にはなれると思いました」。もちろん、チームによっては方針やルールから逸脱すれば、厳しい声が飛ぶことだってある。でも褒めることも忘れていない。ぶれない信念のもと、指導者の工夫があった先に目指した大きな山の頂があったのだ。
(楢崎 豊/Yutaka Narasaki)
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